(転載)食品の安心と安全は別のもの | 【伝統×創造】日本食文化を世界に発信

食品の安心と安全は別のもの

2016年10月にReady forにて、クラウドファンディングのプロジェクトを行った際に記載した内容の転載です。

 

みなさま、おはようございます。

 

この度は、プロジェクト「【伝統×創造】日本食文化を世界に発信するサイトを構築したい!」 にご支援を頂き、またはご興味を持って頂きありがとうございます。

 

さて、突然ですが、あなたは食の安心・安全とは何だと思いますか?先日、京都の料理人さんが講師をつとめる食育のセミナーがございまして、そこで聞いたお話しです。

 

私たちは「食品の安心安全は当たり前」という事を前提に日頃食べ物を食べていますが、安心と安全とは全く別のものであるというのです。少し極論になりますが、

 

安心とは、無菌ではないが何となく大丈夫だろうという気持ちの事

安全とは、無菌状態であることが化学的・物理的に分かる事

 

例えば、健康診断などの時に使う検尿カップでビールを飲むという行為は、あなたにとって安心ですか?それとも安全ですか?

 

検尿カップは検査用に衛生面ではとても気を使って管理されているので安全な容器です。しかし、イメージからするといくら安全であるとは言っても、そこにビールが注がれていると別のものを想像してしまうかも知れませんので安心ではありませんよね?お食事中の方がいらっしゃったらごめんなさい。

 

この相反する安心と安全の両方を消費者が求めた結果、現在流通している食品の多くは流通の途中で痛まないように、成分が変性して味が変わらないように、本来、私たちの体を構成する為に必要となる栄養分以外のものが沢山含まれています。これは、科学的に人体にとって安全である、ものですから摂取しても何ら問題はありません。

 

でも、原材料名の欄に化学物質が羅列された食べ物をみて安心であると感じる人はそれほど多くはないのではないでしょうか?

 

この現状に対してあえて悪者を探すとすれば、食品メーカーでも、添加物メーカーでも、流通業者でもなく、我々消費者であると私は思います。食に対する知識や関心を持たずに、他人任せにした結果が現在流通している多くの食品の作り上げたのだと。

 

食べ物は生き物であり、食べる事は生きる事」。

 

当たり前のように、食育活動は子供の知育、徳育、体育の礎であると言いながら、私達現代人は、食べ物を生き物ではなく、無機質のものに変えようとしているのではないでしょうか?

 

旬があるからこそ食べ物のありがたみを知り、捨ててしまう事はもったいないという気持ちが発酵という技術を生み出したのではないでしょうか?

 

逆に大豆という穀物があります。貴重なたんぱく源である大豆はそのままでは硬くて食べるのは困難です。しかしながら、蒸かして摺り潰し固めるとお豆腐になります。発酵させることでうま味成分が引き出されてお醤油やお味噌が出来ます。これも全て先人の知恵であり、食べ物に対する尊敬の気持ちから生まれたものだと思います。

 

このプロジェクトを通じて、一人でも多くの方が食べ物に対して興味関心を示し、食べる事の大切さを知って下されば幸いです。

 

写真は、某納豆工場の風景です。手盛りする納豆をみてあなただったら、何を感じ、何を期待しますか?

納豆工場の風景 by SLP
手作りにこだわり丹精込めて納豆を経木に詰めている風景

引き続き、Facebookやtwitterなどで、このプロジェクトの情報を拡散にご協力頂ければ幸いです。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

「つなぐ心、ひろがる笑顔」

株式会社Smile Link Partners

新保 正